1. Dolby Atmosの概要
Dolby Atmosは、再生する環境(空間の大きさやスピーカーの数)に影響されることなく、 5.1chや7.1chの従来型映画サラウンド音響を拡張し、その再生音響に制作者の意図を正しく反 映させることができるようにデザインされた音響設備・仕組みです。 例えば5.1/7.1chでは不十分だった、音像の定位や移動での解像度感を向上させるために、ス クリーンスピーカーからスクリーン寄りのサイドサラウンドスピーカーとの間を埋めるスピー カーを追加したり、サイド・バックウォールのスピーカー間隔を聴覚特性に合わせ最適化した り、全てのスピーカーに専用のアンプと入力信号を与え個別駆動できるようにしました。個々 のサラウンド用スピーカーの最大再生音圧や周波数特性にも言及し、Atmos作品でなくても音 響特性の向上を可能にしました。そして最大の特徴が天井に追加された2列のスピーカーアレ イです。頭上を通過する音響に使用したり、風や雷等の自然音、最近では音楽にも使用され空 間演出の鍵となっています。これらのスピーカーが足されたことで、5.1/7.1chでは諦めていた 音響再現による空間表現が可能になったということ、つまり新しいスピーカーのために音源を 用意したり、常に追加の演出が必要ということではありません。また、この仕組みは5.1/7.1 を拡張することから始まっていますので、従来の映画音響と互換性があるというのも特徴と なっています。

<追加されたスピーカーの図>
5.1ch以前の映画サラウンド音響はDolby Stereo等と呼ばれ、L/C/R(スクリーンスピーカー チャンネル)にS(サラウンドスピーカーチャンネル)で再生されていました。サラウンドス ピーカーはサイドとバックウォールに複数ありましたが、同一つのチャンネルが再生されてい ました。このサラウンドスピーカーを劇場の左右で半分にしたのが、Dolby Digital 5.1chのサ ラウンドチャンネルで、Ls/Rsチャンネルというステレオサラウンドになりました。その後、 Ls/Rsをサイドとバックで分け、7.1chのLss/Rss/Lrs/Rrsとなります。このようにチャンネ ルを増やすことで、音像の定位や移動の解像度感を向上させてきましたが、コンテンツ制作者 はフォーマットが増えるたび、それぞれのモニター環境で音響制作をする必要がありました。 映画音響制作者たちは、これ以上チャンネルを増やしコンテンツ制作に負荷(制作期間や費用 に直結)をかけても、画期的な音響効果の違いが期待できるわけではないと気づいていまし た。そこで登場したのが、これまでの映画音響技術を拡張しつつ、制作者負担に配慮した、オ ブジェクトベースという仕組みを採用したDolby Atmosです。現在ではイマーシブサウンドと 呼ばれる、高さ方向の表現を可能にした音響技術が注目されていますが、Dolby Atmosもその 一つとなります。
2. チャンネルベースとオブジェクトベース
チャンネルベースとは、DAW(Digital Audio Workstation)やミキシングコンソールを使用 して、音声の出力先となるスピーカーに対応したチャンネル毎の音声を完成させるものです。 よってコンテンツ制作の初期段階から完成音声のチャンネル数とスピーカー位置を特定し、 ミックス作業を行います。多くの場合、より大きいチャンネルから少ないチャンネルへの変換 にはダウンミックスを使用します。その逆であるより大きいチャンネル数への対応は、ミック スをやり直すのが基本です。一方オブジェクトベースは、音源に関する情報(例えば位置)な ど様々なMetadataを追加して完成させる方式で、再生用のスピーカー数に基づくチャンネル数 を、制作段階で特定する必要がありません。Dolby Atmosには、この音源に付加する Metadataとして、上下高さのパラメータ(xyz)やサイズ、スナップ、ゾーンがあります。音 源とMetadataから最終的に再生される環境に合わせた音声出力を得るため、スピーカー数や 位置に関する情報を持ったレンダリングエンジンが必要になります。オブジェクトベースで ミックスされた音声を、映画館毎に異なるスピーカーの数やプロポーションに影響されること なく、その劇場に設置されたスピーカーに最適な音声を出力するために、Dolby Atmosの再生 可能なプロセッサー(外付けやIMS内蔵等)が、レンダリングします。プロセッサーには映画 館に設置されたスピーカーやアンプの機種、数、位置などが予め入力されていることが必要と なります。オブジェクトベースの音声情報をDCPに収めるために、SMPTE規格のDCPで用意 されているAUXトラックを使用します。したがってDolby Atmosの信号が、従来の5.1/7.1の PCM音声データの記録再生に影響を与えることはありません。 <

<SMPTE DCPイメージ図>
Dolby Atmosでは、このチャンネルベースとオブジェクトベースの両方を記録再生することが できます。その理由をご説明します。
チャンネルベースはAtmosのミックスではBedと呼ばれ、7.1.2chまでとなります。 オブジェクトは同時発生音数として118音源までという制限がありますが、音源の位置に応じ て全てのスピーカーを再生対象とすることができます。

<チャンネルとオブジェクトの再生対象スピーカー>
Bedはこれまでの7.1chに、天井の2列をチャンネルとして扱う2chを追加した、7.1.2と呼ば れる配置となります。サイドやリア天井はアレイとして構成された複数のスピーカーから音声 が再生されますので、音源を感じる方向やフォーカス感などは、これまでのサラウンドと同じ 効果が得られます。どちらかというと包囲感の演出に向きます。一方オブジェクトはピンポイ ントの定位を再現できますので、映像とシンクロした音源と定位を演出することや、Bedでは 使えないスクリーンよりさらに左右に広がったLw/Rwと呼ばれるゾーンでの音声再生が可能で す。多くの映画では音楽で使用しています。

<チャンネルベースとオブジェクトの効果>
3. 2つのAtmos制作
チャンネルベースとオブジェクトベースのミックス手法を同時に使用することができる、 Dolby Atmosの制作方法を説明します。 音声制作には、これまでのチャンネルベースミックスと同様に、Digital Audio Workstation (DAW)を使用します。そして重要なことはスピーカーによるモニタリングです。
モニタリングのシステムは完成したコンテンツの再生される環境に合わせることが重要で、 Dolby Atmosに限らず2ch/5.1ch/7.1chの音響制作でも大きく2つの作業環境に分かれます。 図にあるように、映画館の音響システムと家庭向けサラウンドシステムは異なっています。

<家庭用と映画館の音響設備の例>
家庭での視聴を目的としたタイトルの音響制作には、ニアフィールドモニタリングが適してお り、上図左のようなスピーカーを配置したスタジオでミックス・マスタリング作業をします。 一方映画館での上映が目的の作品であれば、ダビングステージと呼ばれる映画館と同等の音響 設備と容積を持ったスタ ジオでミックス・マスタリング作業をします。この理由として映画館 特有のBチェーン特性下でモニタリングしマスタリングする必要が映画コンテンツにはありま す。
この特性はXカーブ(SMPTE ST 202:2010、ISO 2969:2015)として映画館音響調整時に 参照されているもので、ニアフィールドでには運用しません。

家庭用に比べ遮音吸音効果のある大空間ではダイナミックレンジを広く使うことや、大音量へ の許容量が異なることで平均音量(ラウドネス値)が低くなる傾向があります。またDolby Atmosの効果的な違いとして、Bedの音声がアレイスピーカーシステムで再生されることで、 オブジェクトと違う音響効果を演出できますが、家庭でのチャンネ ル数は7.1.4等が本格的な AVRの標準として使われていますので、スピーカーアレイが天井のLts/Rtsだけとなり、Bedと オブジェクトの違いを表現しにくくなります。
これらの理由からDolby Atmosの音響制作は映画館向けと家庭向けに分けて作業されます。し かし、DAWやその他のツールのほとんどが共通であることから、映画館向けコンテンツであっ てもニアフィールドモニターを使用してミックス・仕込みの作業を行うことができます。 <

<Dolby Atmos制作のための2つの環境とその後のプロセス>